主張がかみ合わないふたりの間に入った話

人生2度目の入院を終え、昨日退院してきました。

人生初の入院が1か月前でしたので、懐かしさはありません。

前回は腕(神経線維腫)の手術で、今度は別の病院で胃の検査をしました。

胃の検査(胃カメラを入れて細胞をちょこっと採る)くらいなら日帰りでもよさそうなものですが、

大事をとって入院させるのだそうです。

病気ではないので、患者(私)は元気で、検査の前後を除いては、

ご飯も通常食をもりもり食べていました。

そんな折、同じ部屋の患者さんとナースがなにやら激しいやりとりをしていました。

この患者さんは外国人で日本語がわからず、言いたいことが伝えられないようです。

最初は穏やかだったふたりも、だんだんヒートアップしてきました。

けっこう夜遅くだったんですよ…

たまりかねた隣のベッドの見ず知らずの入院患者(私)が、通訳をかってでました。

どうやら「この薬を飲むと具合が悪くなるので飲みたくない」ということを伝えたかったようです。

ふたりの話を訳すと、その場はすぐにおさまりました。

点滴をしながら通訳に入ったのは、生まれて初めてでした。(何やってんだ、私…)

でもね、その場がおさまったのは言葉のせいだけではないと思いました。

それにはもう一つ別の理由があったような気がするのです。

それは、関係ない第三者が間に入ったこと。

離婚問題やら、論争やら、裁判もそうですけど、

平行線が続くやりとりには、中立的な立場の人が入ります。

あれです。

ニュートラルな部外者が間に入ることで、

少しだけ違うものの見方ができたり、冷静になったりできる。

当事者同士で話がすすまない場合、口論に精魂尽き果てたとき、

第三者に入ってもらうのは有効だなと、身を持って知った入院ライフでした。

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